この話の1でもお話をしましたが、
「みんな、それぞれ先に
見えているものは、違う。」
っていう前提を持っておかないと。
そうすると、自分は正解を持っています。
という話方をしてしまうと、
それが対立したり、理解し合えない
原因になる事が分かってきます。
ある日、ニュース番組で、パワハラ夫の
特集をやっていて、そのやり取りを
録音したものが放送されていました。
やっぱりというか、男性のこの性質を
強く出してしまっている男性が、
パワハラになるんです。
自分は、正解な事をやっている。
お前は、間違いをやっている。
だから、謝れ。正せ。
終始これでした。
この番組で、パワハラの起点は、子供の教育
でした。
子供の教育で、その教育をした事によって
どういった影響があるのか、
これも、先の事ですね。
先の事に関して、正解なんてのは
ありませんから。
その原則の面から言えば、この夫側が
コミュニケーション上での、問題を
持っていると思うわけです。
もし、俺ならば。
このように、考え方に相違が出たならば。
こういった展開には持って行きません。
それが自分としては、良い方向性
だと思ったならば。
自分の持っているこれまでの経験や
考え方から考えて、こういった方法が
有効だと思う。
ただ、それはあくまでも、俺の考えだから、
間違うかもしれない。
で、あなたは、どういった考えがあって
こういった方向が良いと思うの。
というように、お互いの考え方を
持ちあうようにする。
で、考える。
そうすると、また別の考え方が
導きだせるかもしれないし。
もしかすると、それが現状で、考え
られる中では、ベターな考え方に
なるのかもしれない。
どちらにしろ、それが正解かは、
その段階では、分からないのだけど。
って事で。
自分の考えを押し付ける事も。
話を聞かないで、門前払いする事も。
これらの言動を選択してしまう
ってのは、意見やリスクが一杯な
コミュニケーションの仕方だなって
思うわけです。
で、またこの点に戻ると
良いのです。
「みんな、それぞれ先に
見えているものは、違う。」