ここ最近、思春期から20代にかけての世代は
私たち大人が思っているような
状態じゃなくて非常に不安定で
発展途上なんだっていうテーマを
ずっとお話ししてきました
少し重めの内容だったので
今日は少し息抜きがてら軽めの話をしていきます
私が人と関わったりする時に
この人と関わりたいな・関わりたくないな
と判断するポイント
すごくシンプルな部分を見てたりするんです
私がそこで採用している考え方があって
その後知ったんですけど
野球の監督として有名な野村克也監督が
選手に対してやっていたペーパーテストがあって
それとちょっと似たような考え方・結論だな
と思って、フフフ
ってなったことがあったんです
今日はそんな内容なんですけど
野村監督が選手とかにペーパーテストとかを
受けさせることがあったらしいんですね
そのペーパーテストの一体どこを見たかったのか
正解率が高いことを見てたのか?
っていうエピソードがあって
野村監督はその正解率を見るんじゃなくて
その人がどれだけ考えて
そのテストに取り組んでいるのか
を見てたそうなんです
(ので問題は、答えとその理由を書く方式)
なるほどなぁと思って
その人が例えばそのペーパーテストで
凄い高い点数を取ろうが、理由の部分を適当に
書いている感じ
と
その人に比べて点数は低いけれども
理由を必死に考えて捻出している
だったら、どっちが後に伸びるのか
って考えたら後者です
なんでかと言ったら物事に対しての
取り組みってそういうところにも
出ちゃうんです
なので野村監督は
今ここを一生懸命やる
って言う人間性を測るテストを行ったわけです
面白いですよね
これって色々な場面に採用できるんです
新しく接点が作られた時も同じで
本当にちゃんと関わりたいと思ってる人
だったら
それなりにちゃんと接点を
作りたいという前提で
必ず文章を作るはずなんです
インターネットを通した人と人とが
つながっていく場合
そこに出ている言葉で
ちゃんと関わろうと思っている人だな
新しい人と関わる事に対しての価値を
感じていない人だろうな
ってのはそこで出ている
そこに微塵の熱量もない人と関わっても
意味がないわけです
その段階で
その後は無いと判断できちゃうわけです
例えば
「ちす
興味にあったんでメールします
返事よろしく」
っていう内容が来たとします
(もっと短いのが多数派です)
この人と関わっても先何も楽しい展開には
ならないんです
なぜならば、生きる事・人と関わる事に熱量ないのが
見え見えだからです
個人的にですが
基本的に熱量を持って生きてる人と関わりたいので
熱量がない人と関わることに興味がないんです
これはその人によって違うと思いますけど
熱量はいろんなものを凌駕するんです
と判断しているので
これ自分自身が熱量を持っていきたい場合は
これは一つの判断材料になると思います
熱量なくフラットな状態で、いきたい人は
熱量ある人と関わると大変だと思うので
あまり参考にならなかったりします