日本に生まれて日本で教育を受けて
生活していると私達の中には周りの人と
合わせていくこと
いわゆる協調性と呼ばれているものが
すごく大切なように感じると思うんです
これがないとうまくやっていけない
という風に感じている人って多いと思うんです
特に日本は
この協調性を結構周りからもゴリゴリに
押し付けられる場面が多かったと思います
特に学生時代
それがあたかも大切なことのように
思っちゃうんです
学校の決まりも思いっきりそれ
基本的にはみんな生徒という立場で
平等みたいな感じでが歩調を合わせて
やっていきましょう
と言って、そしてなかなか同調圧力が強くて
ちょっと目立ったことをしたら周りから
攻撃されたり、いじめられたり
先輩から呼び出されたりなど色々な目に
あうんです
(ちなみに私は中学校時代に寝癖を立てて
学校に行くと、そのたんびに職員室に呼ばれて
かっこつけた髪型直せって言われました
寝癖を立てて学校に行く自由もないんだなぁ
とすごく不条理に思った記憶が今でもあります
結局無視する結果になるんですけど^^; )
なので
いつのまにか周りと同じようなことをすると
安心っていうような考えが
身に付いちゃうわけです
そうすると自分自身に対しても
あまり考えなくなっちゃうんです
そうするとそのまま大人になっていくと
みんな似たような雰囲気を持った大人に
なったりするわけです
ところがです
この協調性っていうのはあんまり自分の
生活自体を楽しくしたり
良いサイクルを生むことには
”何にも影響を与えない”
っていう残酷なことが分かってるんです
あれだけ日本の中では協調性を持って生きていく
ことが大切みたいな雰囲気を醸し出しているのに
大人になってみて、いろんなことが分かってくると
自分自身にとっては
協調性ってほとんどメリットないなあ
ってことが分かってきちゃうんです
協調性が凄い高いからといって
その人に良いことが起きたり・楽しいことが
起きるかって言うと、全然そんなことないんです
むしろ楽しい事を起こしたり
自分自身が好きなことをしながら
時間を過ごせるのに必要なことって
人と上手に関われたり
人に興味を持っているって事
新しい事に興味を持っていく
っていう要素を持ってる人の方がダントツで
楽しいことが起こりやすいし
自分の時間を楽しくできる
って事が分かってるんです
基本的に学生時代などは、結構周りから同調圧力で
協調性が求められるのですが
これ社会人になると、あまり関係なくなります
マイペースでやって行けばいいというルールの
割合がかなり多くなるんです
特に自分の時間なんて自分の好きなように
使えば良いですし
人との付き合いの幅も自分で選べるようになるんです
友達がいないとザコ
っていう意味の分からないルールもなくなります
学生時代って、友達は基本的には学校という
狭いコミュニティの中から選ぶ
ってことがその当時は常識だと思っていたんですが
・・・今はだいぶ変わってきてると思うんですけど
社会人になれば、どうとでもなる
別に群れなくても良いし、どうでもいい
社会人になると、結構ルールが変わって
ある種独特な会社にでも入らない限り
誰も基本的には縛って来ないんです
ただ一つ気をつけなければいけないのが
細かい性格
神経が細い
とちょっと楽しい環境作りづらいんです
なぜならば神経が細いと新しいことを楽しむ
であったり
興味を持つっていうことがしづらくなるんです
ここって相性が悪い部分で、新しいことに
興味を持ったり・新しい遊びをして行こう
って思うと大体何かしらトラブルが
出てくるもの
ストレスと付き合うもの
思いもしない展開とかが起きるものなんで
そうするとそれと神経が細いっていう事は
やっぱ相性が悪いんです
神経が細いと次の行動であったり
自分を楽しくするために新しく取り入れる
って事についつい躊躇しちゃうんです
いつもと同じ
ってになったりするんです
ということで
いま自分がすごく周りと協調しながら
生きているなと思ったら
それってあんまり自分にプラスに
働いてないってことを認識した方がいいです
そこを大切にするんだったら
人と楽しくやっていくであったり
人に興味を持つであったり
これまでと違うことを楽しんでみよう
と思ったり
そういった方に意識を向けて
そっちに自分のリソースを割いた方がいいです
協調性って最低限は必要ですけど
それ以上持っていても
自分にメリットってあんまないんです
ただ協調性って外側から強要される事って
社会人になっても、それなりにあるんですけど
それって結局は都合よく使いたい人の
言い分なので、無視したほうがいいです
協調性は外部の人から強要されることじゃないんで
むしろ強要してくる人って
自分にとってみるとネガティブな存在
むしろ距離を取ろうと思った方がいい相手なわけです