人を見れる、理解ができる
というのは、コミュニケーション
が円滑になる面があります。
ただ分かるだけでは、何も良い
事が無いように感じるかも
しれないのですが、
事前にある程度の事が予見できる
というのは、自分の気持ちの
準備などにもつながります。
例えば、先日私がお店にいって
探しているものがあって、
広いお店なので見つけるのに
時間がかかるので、お店の人に
聞くわけです。
店員さんを探していて、見つかった。
が。
表情。表情の変化。
体型などの外見の情報。
ファッションも含む。
身体の動き、目の動き。
などを見ると、おおよそですが
「あー、コミュニケーションが
苦手な人なんだろうな・・・。」
とある程度の事が分かります。
で。
避けるという手もありますが、
もうコミュニケーションが苦手だという
事が分かっているので、
ある程度、すごいコミュニケーション
を取る事は想定をして話かけます。
「〇〇ってありますか。」
「あー。
こっちです。」
で。
窓にカギがかかっているタイプ
の商品でした。
が。
そのまま行ってしまいます。
まあ、この段階で決定てきなのですが。
一応展開を知りたいので、
「すみません、鍵開けてもらえますか?。」
「私、無理です。」
ここでもしまるで、コミュニケーション
が苦手な店員さんだって(ちなみに女性)
分かっていなければ。
「店員さんたるもの、こういった
コミュニケーションとこういった態度で
あるべきだ。」
って考えが優先されてしまって、
怒ってしまったりする事もあると
思うんですね。
これが無用なイライラを生む。
分かっていた事なので。
「分かりましたー♪」
(ですよねー、でも「無理です。」
の返しは面白いっ!)
↑これは口に出していません。
心の中で。
もちろん、全部を理解なんて
できませんが、こういった事が
出来る回数が増えれば
不快な気持ちになる確率は減るし
必要以上に期待をする事も
減っていきます。
店員さんだろうがなんだろうが、
ベースにあるのは、その人の
コミュニケーション能力による
ものだから。
「こんな店員がいるお店はロクな
お店じゃない。
二度と来ない。」
(これ一理はありますが。)
というようなちょっと焦点が
ずれている判断はあまり
しなくなったりもします。
事前に心の準備ができるって、
余裕を生むので、見れるって事は
大切です。
で、見るための基本は、
まずは他人に興味を持つ。
になります。
これないと無理です。