私たち男性は漠然と見ていると、特に近しい物事に
関しては見えない性質を抱えています。
それを放置しておくと、結局何も気づけない、
何もしない男性として位置づけられてしまいます。
これが超期間重なることで、近しい女性に
ブチギレられる最大の要因となります。
一方女性は、そういった身近なこと生活に関すること。
自分の目が届く範囲に関しては、
非常に色々なものがきめ細やかに見えます。
私たちは同じものを見ているようで、見ている世界が違います。
おそらく視点を交換するとお互いにビックリすると思います。
個人的には視点を変えてみる経験ができたら、
してみたいと思っています。
なので特に意識することなく。
女性側は身近な日々の生活をスムーズに
行うことができますが。
男性側はそういう作りにはなっていない。
ではどうしたらいいのか。
私達はシステマチックに覚えていくってことになります。
なぜならば漠然と見ていても気づくことができないから。
気づくことができないから放置していい。
ということにはならない。
それが理由にはならない。
特に生活に関することは毎日のことになるので、
気づけないでは済ましてくれない場面が出てくる。
一人で一生、生きていくならば
自分が気づいたところだけやって行けばいい。
ただ結構、雑な生活スタイルになるんでしょうけど。
でもそれは問題ない。
ただコミュニティを作る、複数の人と一緒に過ごす場合。
それだと許されない。
でも苦手分野なので自分の感性にまかせていると何もわからない。
見えないようになっているから。
気づけないようになっているから。
今目の前で起こっている行動を、なぜそれをやっているのか。
今、目の前の行動と紐付けて分析はできない。
自分の仕事に関することであったり。
自分の得意分野であれば。
簡単に色んなものがつながってくる、紐づけも簡単に理解できる。
しかしこと、身近な生活に関しては気づけないようになっている。
じゃあどうするのか。
覚えるしかない、という結論になっていきます。
覚えても応用はできないのでしょうがないので。
いろんな角度から覚えていく。
それで対応していくしかない。
結果何もやらないよりもマシになる。
でもあくまでもマシだという程度。
ただ実際に自分たちに見えないものが、
システマチックにどういったものがあるのか。
どういったことが日常の中で必要になるのか。
を理解できれば対応はしやすくなる。
「その存在に気づくことができる。」
存在に気づくことができれば、自分から声を
かける時の言葉に変化を出すことができる。
気づけないってことは何も言えないって事。
何も感謝ができないことになる。
それは当然でそこにあるものが、
「ない」としか感じられないから。
結果的にブチギレられる要因の一つになる。
できないものはしょうがないから。
暗記系でやっていくしかない。
見えないものはどうやって見ようとしても見えない。
見える力がないのだから。
だから知っていくってことは、
こういった面でも大切になります。